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五島暮らし
上五島の四季をお届けするコラム


虎夫さんへの手紙①「大工の嫁になったのに」と言われたけれど虎屋へ
2026年2月11日、虎屋の創業者で、妻・こころの父である犬塚虎夫さんの命日に13回忌を行いました。親族が公民館に集まって賑やかに。僕は「法事の準備はいいから、寿司を握って」と言われて、250貫握りました。「虎じい」の思い出やそれぞれの近況を語り合う光景を、虎夫さんは喜んでいたと思います。 虎夫さんが亡くなったのは2014年。近頃は、「なんで虎屋っていう名前なの?」と、社名が創業者の虎夫さんに由来することを知らないお客さんも増えてきました。虎夫さんのことをもっと伝えたい。そこで、今だから言葉にできる思いを、2通の手紙に書きました。どうぞお付き合いください。 虎屋創業者・犬塚虎夫さん。現在は「島diningとらや」が立つ似首郷の海で 虎夫さん 僕が「虎屋に入りたい」とお願いしたのは、虎夫さんが亡くなる1年前でした。 「慎太郎が入ってくれるなら」と、うれしそうな顔をしてくれましたね。でも、虎夫さんがその後、悩んでいたのを僕は知っています。22歳でこころさんと結婚したけれど虎屋に入らなかった僕は、兄の会社で大工を続けていました。自分で言うのも何
3月12日読了時間: 5分


虎夫さんへの手紙②「何も教えられなかった」おかげで今の虎屋があります
2026年2月11日、虎屋の創業者で、妻・こころの父である犬塚虎夫さんの命日に13回忌を行いました。虎夫さんが亡くなったのは2014年。最近、「なんで虎屋っていう名前なの?」と、社名が創業者の虎夫さんに由来することを知らないお客さんも増えてきました。虎夫さんのことをもっと伝えたい。今だから言葉にできる思いを手紙に書きました。1通目(こちら)に続いて2通目も、どうぞお付き合いください。 虎屋の創業者・犬塚虎夫さん。自製の釜で塩を作っていた2009年頃 虎夫さん 虎屋に入りたいと虎夫さんに頭を下げたものの、「これが僕の塩だ」と胸を張れるものがなかなか作れない自分を、歯痒く思っていました。でも、虎夫さんは僕を職人として信頼してくれていたでしょう? 「自分で考えて、答えを出したことは必ず身になる」と信じていたから、何も教えなかったんだろうと今では思っています。 納得できる塩ができるまで1年。「まあるい塩」という名前をつけて販売するのに、もう1年かかりました。 塩作りを効率化させるため、僕は長年大工として培った技術を活かして、漁師の網を再利用し
3月12日読了時間: 5分


正月はみんなで「かんころ餅」
あけましておめでとうございます。いつも「五島暮らし」をご愛読ありがとうございます。今年も細く長く続けてまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。 昨年は漁の名人たちの話に大きな反響をいただきました。新年は久しぶりに、私、南こころが島のおやつ「かんころ餅」についてお話しします。かんころとは、干し芋のこと。薄く切って網でさっと焼いて食べる、冬ならではの素朴なおいしさです。 北風が吹く11月になると、島ではサツマイモの収穫が始まります。昔は年末に向けて、多くの家が干し芋と餅米を練り合わせた「かんころ餅」を作っていました。 父(虎屋の創業者・犬塚虎夫)や祖父は芋で育った世代。今でも古い家の畳を剥ぐと、床下から芋がま(サツマイモを貯蔵するために掘った穴)が出てくることがあります。五島では米よりも芋が暮らしの中心だったんですね。餅米の“かさまし”に芋を入れて、かんころ餅を作ったのだろうという話も聞きました。 私が小学生の頃は、学校に行く道すがら、ばあちゃんたちが薄く切った芋を網に並べて干す姿をよく見かけました。海べたでこの景色を見ると
1月5日読了時間: 3分


かなわない名仕事 伝統漁「イカの夜曳釣り」
アオリイカの季節です! 11月の終わりから2月にかけて肉厚になり、島diningとらやでも僕が釣ったイカを提供します。イカは獲れたてを食べるより、1回冷凍したほうが甘くなって旨いんですよ。 最近は昼間に波止場から釣る「エギング」スタイルが人気ですが、僕は上五島の伝統的な漁「夜曳(よびき)釣り」をやります。今も有川湾で続けている人は3〜4人かな。満月あたりの夜、イカの多い漁場に出て月明かりで漁をします。イカって、昼は海底に沈んで、夜になると光に誘われて水面に浮き上がる習性があるので、夜の方がたくさん釣れるんですよ。 夜曳釣りのキモは「餌木(えぎ)」、いわゆる擬似餌(ぎじえ)です。大工だった親父は餌木作りの名人で、よく釣れると島で評判でした。自生する桐の木を切り出して、4〜5年陰干ししてから削り出します。しっかり乾燥させると締まって強くなるので。鉛を加工した錘(おもり)をつけて浮力を調整し、イカが掛かる針(尾のトゲ)を付けます。 ※手前右、黄色の餌木は親父の形見。木目を美しく見せるのが親父の流儀でした。 僕の記憶では、餌木のヒレ部分に雉(キジ)の
2025年12月5日読了時間: 4分


前夜祭のネタをお楽しみに!上五島トレイル
1月の終わりって、上五島は閑散としてるんですよ。魚が一番おいしい季節なのに。この時期に島外からお客さんがどっと遊びにきてくれたらと、ずっと考えていました。 「トレイルランの大会をやったらどうか」って、ご近所の飲み仲間・松岡さん(後に大会実行委員長に就任)と盛り上がったんです。上五島では、海を見ながら山を走るという、全国的にも稀なコースを設定できますから。しかも、今や日本でトップクラスのランナーとして活躍する川崎雄哉くんは上五島出身、僕の後輩(同じ高校の卒業生)です。彼をゲストランナーに招いて、みんなで走ったら絶対楽しいですよね。 こうして2022年にプレとして始めたのが「川崎雄哉カップ・上五島トレイル」。今年は1月26日(日)に第3回を行います。プレでは申込者が40人だけでしたが、年ごとに増えて今年は220人のランナーが走ります。 人気の秘密はトレランの楽しさはもちろん、前夜祭と後夜祭。上五島の「自然と食と人」でおもてなしをしようと、プレの前夜祭で刺身を振る舞ったんですが、僕は不完全燃焼で。もっと上五島の宝を知ってほしいと、翌年の第1
2025年1月6日読了時間: 3分


冬便り!ハコフグの味噌焼き「かっとっぽ」
魚類学者でタレントとしてもお馴染み、さかなクンがかぶっている帽子といえば、思い浮かぶでしょうか。かわいい顔をしたハコフグ。五島では浅瀬で年中見かける魚ですが、食べ頃は冬。だんだん脂がのって大きくなる11月から12月は、「かっとっぽ」(味噌焼き)がおいしい季節なんですよ! ハコフグは敵から身を守るために、六角模様の硬い骨板(ウロコが発達した殻のようなもの)に覆われているので、背から包丁が入りません。皮のぬめりをしっかり洗って、お腹を裂いて内臓を出します。そこに味噌とネギとみりんなどを混ぜたものを詰めてホイル焼きにしたのが、五島の郷土料理「かっとっぽ」。料理屋で予約しないと食べられない、知る人ぞ知る珍味として人気です(※)。 箱型の体を器にした蒸し焼きなので、身がしっとりと歯ざわりよく仕上がります。お腹の両側や尻尾、頭から丁寧に身をはがして味噌と絡めると、やみつきになる味わい。身をはがすのはちょっとコツがいるので、島の人にやってもらうのがおすすめです。 五島で昔から家庭料理として伝わる「かっとっぽ」は、家それぞれの味があるんですよ。まず、
2024年11月15日読了時間: 2分


海がざわざわ。「中秋の名月」は潮汲みに
今日、9月17日は中秋の名月。僕が一年で一番心待ちにする日です。虎屋の創業者である犬塚虎夫さんが15年ほど前に、「中秋の名月の潮汲みは特別やけんな」と教えてくれて、僕も中秋の名月の夜に海水を汲み上げることにしました。 月の満ち欠けに呼応するように、海は満ちたり引いたりを繰り返します。一日の干潮と満潮の差が大きいときが「大潮」、小さいときが「小潮」。満月と新月のときが大潮のタイミングにあたります。なかでも、中秋の名月の大潮は、潮位が一年で最も高くなるとされています。僕たちの工房は有川湾の沿岸にあって、沖から海水がどっと押し寄せてくるのを見ると、「ああ、今年もきたな」と胸が高鳴ります。 僕は上五島で生まれ育ち、目の前の海を泳いで育ちました。今も月に一度は、水深20mくらいまで素潜りして手銛(モリ)で魚を突きます。大潮は潮位が高いので海水が撹拌されて、海底に溜まっている栄養分がブワッと巻きあげられるんですね。プランクトンが活発に動いて、それを食べようとする小魚は元気いっぱい、その小魚を追って大きな魚がやってくる。いつもとは全く違うにぎやかな海で
2024年9月17日読了時間: 3分


ムツゴには「五島灘 明治之芋」!初夏の稀少コンビ
こころさんの兄、漁師の拓郎さんから「ムツゴがとれたぞ」と連絡が入った日、僕はソワソワして夕方から仕事が手につきません。 五島ではムツの稚魚をムツゴと呼びます。姿形によってアカムツ、クロムツと呼び分けることもありますが、アカムツは通称「ノドグロ」という高級魚として全国的に知られていますね。春になるとムツは浅場で産卵し、5月から7月くらいまで、有川湾で大きく育ちます。手のひらにのる10センチくらいのムツゴは、漁師の網にかかった時だけ食べられる初夏のごちそう。 小さなアジと一緒くたに定置網にかかるので、面倒くさがりの漁師は選別せずに他の魚の餌にしてしまいます。まめな人ならバケツに2杯ほど港に持ち帰ってくれるので、みんなでパパッと頭だけ「つん切る」(五島の言葉で、つねってちぎること)。船に乗っていた他の漁師たちも欲しがるのであっという間になくなって、おこぼれがあれば我が家にも回ってきます。五島のスーパーでもほとんど見かけず、身内に漁師がいる家でないと手に入らない魚です。 塩を振って素揚げにするか、南蛮漬けにすると最高! 柔らかくて脂がのって、味が
2024年6月21日読了時間: 2分


めでたい日には餅まいて
「島diningとらや」 2階からのオーシャンビュー このところ毎日、僕はとっても気持ちがソワソワしています。 それは、3月15日が待ちに待った「島diningとらや」の移転リニューアルオープンの日だから。 場所は、僕がこころさんと結婚して22年間暮らすうちに大好きになった、似首(にたくび)郷の海のそば。 同じ上五島でも、僕が生まれ育った隣の集落、丸尾郷の海とは表情がちがうんですよ。 2階に上がると空と海が溶けあう絶景が広がっています。 集落のみんなも「自分たちが暮らす海とは思えない」とびっくり。 朝昼夜眺めていても、光や風が変わり、飽きることがありません。 塩田も塩とうどんの工場も同じ場所に集めました。 島を訪れてくださる方々に、私たちが塩とうどんをつくっているところを見て、有川湾の漁や四季のうつろいを体感しながら、郷土料理やうどんを味わっていただきたいのです。 父が上棟式で餅を撒く様子 オープンセレモニーでは餅まきをします。 五島では、昔から家を建てたりお祭りがあったり、めでたい日には紅白の餅をまく風習があります。 父が建設業の仕事をしてい
2024年3月12日読了時間: 2分


両家それぞれの正月迎え
母が犬塚家にお嫁に来た頃にはあったという漆器。祖母の嫁入り道具だったのかも。 五島らしいお正月ってなにかあるかな、はたと思いを巡らせました。私たちにとってはどれもあたりまえで、特別とは思ってこなかったことばかり。ただ、私の実家である犬塚家と、慎太郎さんが生まれ育った南家では、元旦にすることや食べるものがちょっとちがうんですね。 私の父・虎夫は長男でしたので、ご先祖様のお仏壇は我が家でお守りしてきました。元旦の朝は、仏様やご先祖様に手を合わせたあと、漆の酒器でお屠蘇(とそ)をいただいて、父と「明けましておめでとうございます」「今年もよろしくお願いします」と挨拶したものです。「三々九度」に使われるような大中小の杯が重ねてあって、7人きょうだいそれぞれに好きな杯でいただきました。私はあの独特の香りが苦手で小さい杯を選びましたけど、大きい杯で飲む兄や弟もいました。 次に、細く切ったイカと昆布をひとつまみ、手にのせていただきます。これがおいしくて! 子どもの頃から好きだったんですよ。それから、母がつくってくれるお雑煮。あご(飛魚)で丁寧に出汁をとっ
2023年12月26日読了時間: 2分


漁火(いさりび)イルミネーション
有川湾にぽつぽつと光るイカ釣り船の漁火 冬になると夜の海がキラキラと輝くのが楽しみです。子どもの頃は水平線を埋め尽くしていた、ヤリイカを釣る船の漁火。イカは夜行性なので夜に出漁し、船に灯した照明でおびき寄せます。「抱いた、抱いた!」あちこちで声が上がるのは、スッテ(疑似餌の釣具)にイカが抱きついた合図で、すかさず1本、また1本と釣り上げていきます。今は漁師が減って漁に出るのは10隻ほどですが、沖に漁火が灯るとワクワクします。 虎屋のすぐ前に広がる有川湾は狭いけれど、とても面白い季節の移ろいが見られます。秋のトビウオをシイラが追いかけ、シイラが去るとイカやカツオがやってきて、その後イカやカツオを追うマグロと、冬になるにつれて海にやってくる魚がどんどん大きくなっていくのです。島外ではあまり知られていませんが、有川湾では昔からよくマグロが獲れます。有川湾に面する地区の西側が「魚目(うおのめ)」、東側が「有川」という名で呼ばれるのも、「鮪(マグロ)」という漢字を二つに分けて「魚」と「有」の字をとったからだと聞きました。それほどに、私たちの暮らしはマグロの
2023年12月7日読了時間: 2分


「あご風」吹かば秋
突然ですが、あご(トビウオ)が飛んでいるのを見たことがありますか? 9月に入ると、上五島に北風が吹き込んできます。これが、通称「あご風」。 この風に乗って、あごが一斉にやってきて、島は10月初旬まであご漁に湧きます。 あごって鳥みたいに飛ぶんです、水面の上を何百メートルも。 ときどき勢い余って船に突っ込んでくるのもいます。群れが飛ぶと、わっと落ち葉が舞い上がるようで壮観ですよ。 炭火で焼くあご。羽のような胸びれが特徴 なぜそんなに詳しいかって? 私は7〜8年前に3年ほどあご漁師をやっていたんです。 上五島の名産品「あごんちょび」を開発するために、中古船を平戸漁港で買い、乗って帰った私を見て、こころさんはびっくり仰天。 当時は「あごだし」ブームが到来してあごの確保が難しかったので、自分で獲ろうと考えたわけです。おかげさまで、経済産業大臣賞をいただいて人気商品となりましたが、今は手が回らないのでお休み、船も手放しました。 私たちが子どもの頃は、秋になると島中の家が庭先に炭火を起こし、出汁を取るためのあごを1年分焼きました。 体長15センチほどの「小と
2023年9月25日読了時間: 2分


灯りと花火でご先祖をお迎え
お墓にゆらめく灯籠の灯り。パチパチと弾ける花火の音。怪談ではありませんよ、新上五島町のお盆(8月13日〜15日)のすがたです。 夕暮れにお墓の前に灯籠を建てると、近所の子どもたちが集まってきます。私も子どもの頃は、親戚のおじちゃんにもらったお小遣いを握りしめて、兄妹で近くの駄菓子屋さんに花火を買いにいきました。私は手持ち花火が好きで、男の子には派手なロケット花火や爆竹が人気でした。灯籠のろうそくが消えるまで、1時間ほどのお楽しみ。今は68歳になる叔父からも「子どもの頃からやってたヨッ!」と聞いたことがあります。はしゃぐ子どもたちの姿を、ご先祖さまたちは毎年目を細めて喜んでくださることでしょう。 ご近所同士でお墓にお線香をあげたり、父の友人が「お盆で似首(にたくび)に帰ってきたけん、寄ったよ」と顔を見せてくれたり。父を見送って、二人の娘を巣立たせた今、しみじみといい習わしだなあと思うようになりました。(こ) ※似首地区では、昨年のお盆も賑やかに集いました ※虎屋創業者・犬塚虎夫(私の父)のお墓。今年の夏も兄妹の家族が集います。
2023年7月3日読了時間: 1分


旅立ちの紙テープ
高校の卒業式が終わって3月の終わりから4月ごろ、五島ではある風景がよく見られます。 大きなフェリーで旅立つ人たちと、見送る人たちをむすぶ色とりどりの紙テープ。島を出て進学や就職をする子どもたちや、離任して長崎へ戻る先生たちの船出です。 港には見送り隊が集まって、それぞれの趣向で賑やかに送り出します。昔は出航の合図として「蛍の光」が流れたものですが、最近はもっと今どきの曲がかかるんですよ。中には、高校の校歌を演奏するブラスバンド部のメンバーもいれば、万歳三唱で見送る姿もあります。そのまま、海に飛び込んで泳いで船を追っかけるワンパク(何を隠そう私の弟)もいました。 船が出航するとテープはくるくるとほどけて、やがて途切れ、船は小さく小さくなって海の彼方へ消えていきます。私も兄や妹弟や長女を見送ってきました。この春はいよいよ次女が旅立ちます。長女を見送ったとき、慎太郎さんは前の晩から泣き腫らして港ではサングラス姿だったんですよ。このところ私は、次女の荷物にお塩とうどんを忍ばせて、残りわずかな日々を数えています。旅立ちは親子の別れでもあるけれど、それぞれの
2023年3月7日読了時間: 1分


のぼせもんの正月行事「みんかけ」
私たちが住む似首(にたくび)地区の氏神様である事代主神社では、お正月に伝統行事「みんかけ」が行われます。 昭和の初めまでは、新婚さんの家におめでたい格好(七福神)をした若者たちが押しかけて、庭や縁側でご馳走やお酒を振る舞ってもらったことに由来しますが、この風習は一度途絶えてしまいました。 虎屋創業者の弟(犬塚忠生、南こころの叔父で現取締役)は、大正生まれの先輩たちに話を聞いて回り、「昔はこんな集落だったんぞ」と伝えようと、昭和50年代に「似首みんかけ保存会」を立ち上げました。昔どおりではありませんが、今もお正月には地域の子どもたちが七福神の格好をして氏神様に舞を奉納し、家内安全や商売繁盛を祈願します。この日のためにお年寄りと子どもたちは月1回舞の稽古をし、世代をこえた交流が生まれているのです。 昔この地区の漁民は貧しかったので満足にお酒を飲む機会など滅多になく、「新婚さんの祝いなら“なんじゃろ、あんじゃろ”(何でもあるだろう)」と考えた「のぼせもん(お調子者)」の大騒ぎから生まれたこの行事。地域のありし日の姿だけでなく、貧しさを面白おかしく笑い飛
2022年12月21日読了時間: 2分


一番塩「まあるい塩」の湯気
私たちは月2回、満月と新月の日の大潮に海水を汲み上げます。 なぜなら潮の動きが大きく活発化して潮位が上がるこのタイミングは、海のミネラルがたっぷりだから。こうして汲み上げた海水から手間ひまかけてつくるお塩は、1粒残らず海からいただいた宝ものだと思っています。 中でも、思い入れが深いのは一番塩「まあるい塩」。1000℃の釜で海水を炊いて不純物を丁寧に取った後、平窯にうつして低温でじっくりと塩を結晶化させます。火入れして5時間、最初に浮き上がってくる結晶をそっと掬い上げると、ふわり湯気が立ち上ります。 塩づくりの仕事のなかでも、ひときわ喜びに震える瞬間、海の神さまに手を合わせるような気持ちがします。一つとして同じかたちをしていない結晶の美しさは、私たちが誇る五島の自然の恵みです。
2022年11月15日読了時間: 1分

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