今日、9月17日は中秋の名月。僕が一年で一番心待ちにする日です。虎屋の創業者である犬塚虎夫さんが15年ほど前に、「中秋の名月の潮汲みは特別やけんな」と教えてくれて、僕も中秋の名月の夜に海水を汲み上げることにしました。
月の満ち欠けに呼応するように、海は満ちたり引いたりを繰り返します。一日の干潮と満潮の差が大きいときが「大潮」、小さいときが「小潮」。満月と新月のときが大潮のタイミングにあたります。なかでも、中秋の名月の大潮は、潮位が一年で最も高くなるとされています。僕たちの工房は有川湾の沿岸にあって、沖から海水がどっと押し寄せてくるのを見ると、「ああ、今年もきたな」と胸が高鳴ります。
僕は上五島で生まれ育ち、目の前の海を泳いで育ちました。今も月に一度は、水深20mくらいまで素潜りして手銛(モリ)で魚を突きます。大潮は潮位が高いので海水が撹拌されて、海底に溜まっている栄養分がブワッと巻きあげられるんですね。プランクトンが活発に動いて、それを食べようとする小魚は元気いっぱい、その小魚を追って大きな魚がやってくる。いつもとは全く違うにぎやかな海で、ふだんは岩陰に隠れているクエやイシダイみたいな大物が姿を現します。
そして、もう一つ、中秋の名月が近いことを教えてくれるのは、山からワサワサと下りてくる大きな赤いカニたち。海が産卵にぴったりの状態になっていることを、あの子たちはどうやって知るのでしょうね。今は10分の1程度の数に減りましたが、僕が子どもの頃は道を赤く染めるほどに大挙して海を目指すカニの姿がありました。
一年で最も豊かな海の水を汲み上げて、じっくりと煮詰めた塩が「中秋の名月の塩」。一番塩は掬わずに窯に残し、海の栄養をあらんかぎり結晶に閉じ込めます。たった50キロ分しかできない塩を、お客さんは毎年楽しみに待ってくれています。
海水の成分を調査しましたが、中秋の名月の塩がなぜこんなに味わい深いのか、はっきりとはわかりません。でも、月明かりの下で海を眺めていると、「生きてるなあ」という実感が湧いてきます。自然も、いきものも、僕も。そんな気持ちでつくる塩は、どうしても特別な気がします。この「気がする」って、けっこう大事なことだと思いませんか。
最近は、海水温が上がって以前は見かけなかった南方の魚が泳いでいるし、海に潜って遊ぶ子どもはめっきり減りました。海も人もどんどん変わっています。昔も今も変わらないのは、海は不思議でわからないことばかりということ。中秋の名月に汲んだ海水からは、どうしてきれいな結晶ができるのか。なぜ、毎年ちがう味わいになるのか。僕は今晩もまたそんなことを考えるだろうと思います。さ、海へ行ってきますね。(慎)
※有川湾の月夜。
「中秋の名月の塩」(100g)は10月上旬から数量限定販売。お電話にて予約受付中です!
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