すごか人もおっとぞ!上五島に福授けた岩太郎さんの志をついで

今年春のこと。毎週の墓参りに行く途中、ある石碑が目に留まりました。似首(にたくび)集落の事代主(ことしろぬし)神社のそばに立っていた「湯川岩太郎(ゆがわ いわたろう)翁 頌徳碑」。虎屋からほんの50メートルのところにあるのに、今まで気づいていなかったのです。
岩太郎さんって誰だろう、と碑文を読んでみると、明治の終わり頃に上五島で「鰤大敷(ぶりおおしき)」を始めた人だとわかりました。「大敷」とは「定置網漁」のこと。四番小島(海の住所のようなもの)に、鰤を獲るための大規模な網を設置したことが記されています。現在も有川湾では30ほどの大敷(30×100メートルくらいの網)を仕掛け、秋冬には鰤やイカなどがたくさん獲れます。豊漁の際は、獲れ高に応じて「歩金(ぶきん:ボーナスのようなもの)」を仲間で分け合うため、漁師にとっては宝の網です。
捕鯨で栄えていた上五島に「次の柱となる漁法を」という思いが、岩太郎さんにはあったのではないでしょうか。沖へ獲りにいく漁が主流だった地元漁師たちからすれば、魚が網に入るのを待つ漁なんて無謀にしか見えなかった。岩太郎さんは周りから猛反発されながらも、信念を曲げずにやり遂げたと伝えられています。
それが今や、上五島の一大漁業、伝統文化になっているのだから、岩太郎さんの先見の明と意志の強さに僕はすっかり感銘を受けました。

似首集落の歴史に詳しい似首郷長(妻・こころの叔父、犬塚忠生)に、岩太郎さんについて尋ねると、「すごか人もおっとぞ(偉大な人だったらしい)」と言っていました。昔の記録を調べていた小学校の先生も亡くなり、今では岩太郎さんをよく知る人はいないようです。
実は、岩太郎さんの碑に出会ったことで、僕の長年温めていた気持ちに火がついたのです。いよいよ来年、新たな事業「塩大福づくり」に挑みます。
皆さんは、映画『あん』(2015年/監督:河瀬直美)をご覧になったことがありますか? 樹木希林さん演じる老女がどら焼き屋の店長として雇われ、見事な粒あんを炊くおかげで大繁盛するのですが、彼女がハンセン病患者であったことが周りに知られて……ストーリーの続きはぜひ映画を。これは、生きることの尊さを描いた物語です。その映画の中で、僕たちの「中秋の名月の塩」が使われました。お月さんのもとで作られた塩だよ、と。

以来、僕も虎屋の塩であんこをつくりたいと思うようになりました。縁あって、佐世保の真崎製餡所さんと知り合い、うちの塩で無添加のあんこを炊いてもらったら、たまげるほどおいしくて。塩はあんこの命だと直感しました。
このあんこのおいしさをもっと知ってもらいたい、そして上五島に新しい名物を生み出したいという思いはどんどん膨らんでいきました。
世の中にないものをつくる挑戦は面白いのですが、「誰もが知るもの」を極めるのはさらに難しいこと。上五島の名物、いや、まずは似首集落の名物としてとびきりおいしい「塩大福」をつくりたい。そう夢見たものの、1年半ほど足踏みしたままでした。
岩太郎さんの生き方にふれ、僕もこんなふうに生きたい! と背中を押される気持ちがしました。40代後半で借金するなんて、という声もあります。でも、この歳になったからこそ、自分が生まれ育った島に根づくものを遺したい。僕にとっては、島への恩返しです。共鳴してくれた同世代の仲間たちが、ともに奮闘してくれることになりました。
昔から続いてきた文化が次々と消えていくこの時代に、「未来の伝統」の種を蒔きたい。それは、岩太郎さんがかつて成し遂げたことでした。子どもたちの次の子どもたちから、「上五島にずっとある塩大福だよ」と誇りに思ってもらえるものをつくります。
五島暮らしの幸せを、みんなで分かちあって生きていけるように。
そんな希望や福を、島の人にも訪れる人にも「おふくわけ」できる新しい場所をつくっていきます。
僕やこころのご先祖さまが、「岩太郎さんに会っていきなさい」と引き合わせてくれたから、僕は踏み出すことができた。納得のいくものができたら、真っ先にお供えにいきます。
岩太郎さんが鰤大敷の成功を祈願してもうじき120年、どうぞお披露目を楽しみにしてください。(慎)












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