こころさんの兄、漁師の拓郎さんから「ムツゴがとれたぞ」と連絡が入った日、僕はソワソワして夕方から仕事が手につきません。
五島ではムツの稚魚をムツゴと呼びます。姿形によってアカムツ、クロムツと呼び分けることもありますが、アカムツは通称「ノドグロ」という高級魚として全国的に知られていますね。春になるとムツは浅場で産卵し、5月から7月くらいまで、有川湾で大きく育ちます。手のひらにのる10センチくらいのムツゴは、漁師の網にかかった時だけ食べられる初夏のごちそう。
小さなアジと一緒くたに定置網にかかるので、面倒くさがりの漁師は選別せずに他の魚の餌にしてしまいます。まめな人ならバケツに2杯ほど港に持ち帰ってくれるので、みんなでパパッと頭だけ「つん切る」(五島の言葉で、つねってちぎること)。船に乗っていた他の漁師たちも欲しがるのであっという間になくなって、おこぼれがあれば我が家にも回ってきます。五島のスーパーでもほとんど見かけず、身内に漁師がいる家でないと手に入らない魚です。
塩を振って素揚げにするか、南蛮漬けにすると最高! 柔らかくて脂がのって、味がいい。
僕は必ず、芋焼酎「五島灘 明治之芋(めいじのいも)」を用意します。五島灘酒造の田本くん(僕の後輩)が、明治時代に五島へ伝わった品種「金ぼけ」の親芋を古い民家の「芋がま」から8つばかり譲ってもらい、3年がかりで収穫量を増やしてつくった焼酎です。この幻の芋は土を選び、上五島でも限られた畑でしか育たないそうですよ。
僕が子供の頃、おばあちゃんたちが住む古い家の床下には、サツマイモを保存する「芋がま」が必ずありました。床下を掘って籾殻を敷くと、保存にちょうどいい湿度と温度に保たれるんです。昔の人たちは、知恵と工夫をもって芋を大切に受け継いできたんですね。
ムツゴも「明治之芋」も、五島の自然が育んでくれる恵み。幸せな夕べだなあとかみしめながら、ゴロンと横になります。今日はもう、ランニングもサボっちゃいますよ。(慎)